できることを取り戻す 魔法の介護
『できることを取り戻す 魔法の介護』
長谷工シニアホールディングス にやりほっと探検隊
ポプラ社|2017年5月8日刊|1,400円+税
ヒヤリハットではなく「にやりほっと」、この発想の転換を表す一行の文章だけで、勝負あり。
医療の視点で介護を見てしまう、歪んだ姿勢を思わず反省させられ、翻って病院医療というものの文化的な貧しさに気づかされる。
ヒヤリハットを記録し共有することが、医療安全を個人の注意力や気配りから組織マネージメントの問題に一般化し引き上げるのと対照的に、「にやりほっと」は介護をその人の尊厳と可能性を取り戻すための個別的なケアへと高めるのである。
冗談じゃない、介護の現場はヒヤリハットの連続だぜ、それを介護事業者と家族があら探しをするように見張っているんだぜ。老人保健施設経営に乗り出した「危険予知」に長けた建設の長谷工が、言い出しそうな管理手法じゃないか。
しかし、この「にやりほっと」のきっかけは、一人の介護スタッフが申し送りの記録に「(普段は)車イスで生活しているAさんがトイレに行った際、手すりを持って自分で立ち上がることができた。そのとき、『私はまだ立てるのよ』と誇らしい表情をしていた」と書き込んだことだった。そのスタッフの、介護者の専門家らしからぬ、まるで家族のような感性がいい。これを延長したものだから「にやりほっと」の提案には無理がないのだろう。
たとえば、スタッフが目を離したわずかな隙に、目や手の能力が落ちている女性(86歳)が、机にあった包丁を手にしたが、その場で取り上げてことなきを得た、という出来事は、ある面ヒヤリハットの事例である。しかし、この女性が、包丁を持ったときに「にやり」と顔がほころんだことに、もしスタッフが気づけば「にやりほっと」の事例に変わる。おやつづくりに参加し、能力を発揮するチャンスになるかもしれない。
ヒヤリハットと「にやりほっと」は、しばしば同じ出来事を表と裏から見たものなのだ。
考えてみれば、介護もまた、介護者と要介護者の関係が固定された途端に、要介護者ができることを奪うことを介護と呼んで仕事にするのだ。「にやりほっと」は、介護を職業にしながら、その固定された関係性にすきまをつくる試みなのだろう。
説教臭さのない、ケアの指南書であり、介護というものを一歩下がって考え直させてくれる「ほっと」できる一冊である。(評者:秋元秀俊)